独り言

【考察】生きづらさについて考えよう

タイ吉

日本人は生きづらさを感じる人が多いって聞くよね。

おもち

そうだね。でも生きづらさの原因って人それぞれだと思わない?日々感じる生きづらさの正体に気づくきっかけになればいいな。

日常生活の中の至る所で耳にする”生きづらい”という言葉。言葉は同じでも話す人によってその意味は異なるのではないか、そう考えたことはありませんか?同じトピックについて話をしているはずなのに共感が得られたり得れなかったり、そもそも意図が通じなかったり。これは顔や性格がみんな違うように、生きづらいと思う理由その人由来の性格だったり、取り巻く環境だったり、心身の疲弊具合だったりと様々な要因が関係するからこそ人によって違う物になるのだと思います。

生きづらさの解消を求める人は多くいらっしゃいますが、実際にはほとんどの場合自分自身が感じる生きづらさの正体にすら気づいておらず、そんな状態では解消はおろか、余計に悩みが増えるだけでさらに生きづらさを感じるという悪循環に陥ってしまいます。

この記事では、人によって異なるであろう”生きづらさの原因になり得るものについて考察し、正体を突き止めるきっかけになればと思います。

僕にとっての生きづらさとは

僕自身普段から生きづらいなと思うことが多々ありますが、その原因を考えてみると細かいものは多くあれど主には性格が故のストレスが原因だということに気づきました。

例として、本業中の自分がいわゆるクレーマーの対応していると場合について考えてみようと思います。今回は前提として、僕側には非は無いものとさせてください。       実際にこの前あったことを例とします。レントゲンでの胸部撮影の際に僕の勤める病院では決まりとしてプラスチックや金属のついていない薄いシャツ1枚になるか、検査着に着替えていただくように説明しているのですが、その日僕はいつも通り丁寧にお着替えの説明をして、患者さんに納得してもらえたと思ったのでお着替えを促すと”なんで着替えんといかんのや”と強い口調で訴えがあり、この時点ですでに僕は”なんやコイツ”状態ではありましたが、まあ僕の説明が足りない部分がないとは言い切れない(他の人には通じるのでおおよそ不備などありません)と思いもう一度説明したら、返ってきた言葉は”この前はそんなことはしていない!お前はおかしい!”と主張するわけです。つまりこの患者は普段放射線技師として勤めている僕が説明する言葉よりも、どう考えても足りていないその頭で覚えている前回の検査の記憶が正しいと言っているのです。バカに使う時間はあまりに無駄なので”そうなんですね”とだけ答えて、ボタンと金属だらけのシャツで撮った写真を先生に転送しておきました。     

同僚たちにこの話を愚痴ると”それでいい”という人と、”もっと優しくしなきゃ”という人に別れるのです。この話僕にとってはおそらく共感の嵐になるだろうと思っていただけに衝撃的でした。このように僕にとって”生きづらさ”を感じる瞬間のほとんどは、他責思考の人間や、自分のことなど顧みず人を責めることしか脳がない人間と関わった時に、味方であろう立場の人たちから得る意見が自分と異なる場合によく生じており、自分の性格の未熟さもある程度自覚しているつもりですが、”自分の気持ちは抑えてでももっとみんなに優しくしなくてはいけない”というアドバイスが容認できないことが”もしかして自分がダメなのではないか?”と感じる原因となり生きづらさを感じているようです。

もっと大きくいうのであれば、サービスを提供する側だからといって、横暴な要求や態度をとる人間に対してこちら側がよくしてやる必要などさらさらないのに、一般的に社会ではお客様は神様であるという風潮があることそのものが僕にとっては生きづらさとなるのです。

このように生きづらさの正体に気づくためには自分自身のことを見つめ直し、その上で原因となりそうなものを考える必要があると思います。では早速生きづらさについて追求していきましょう。

まずは自分のことを知ろう

自分の気持ちとは予想以上に色々な要素が複雑に絡み合って出来ているものだと思います。そもそも生きづらさを感じる自分自身とはどんな考えをしていて、どのようなことし対して強く抵抗があるのかなどを把握しておくことで、より明確に素直な自分の気持ちに気づくことができると思うので、まずは自分自身のことを掘り下げていきましょう

おもち

これがすでに難しいから、少しずつ取り組んでいこうね!

人格を形成する要素って何がある?

自分のことを掘り下げるにあたって、いきなり本質を言い当てるよりも、細かい要素に分類して考えた方がより鮮明に自分のことがわかると思うので、一部ではありますが以下のような項目に分けてみました。

自分を作る要素

価値観や性格など内面的な要素

⭐︎自分にとって最も大切なこと(価値観)

⭐︎好きなこと・夢中になれること(嫌いなこと・やりたくないこと)

⭐︎自己認識・物事の捉え方・信念

⭐︎得意なこと

環境や経験がもたらす要素

⭐︎育った環境・家族関係

⭐︎社会経験・人間関係

⭐︎社会や文化から受ける影響

⭐︎過去の経験(成功・失敗)

元々の能力や身につけたスキルによる要素

⭐︎専門的な知識・スキル

⭐︎コミュニケーション能力

⭐︎社会的能力(論理的思考・問題解決能力・リーダーシップ etc)

ここで挙げた項目は人格を形成する要素の一部ではありますが、たったこれだけの項目ですらすぐに答えることは難しいと感じる方は多いのではないかと思います。僕自身も回答にかなりの時間費やしたり、日によって答えがブレたりする事もありますので、自分のことを見つめ直す第一歩としてこれらに回答してみてください。

タイ吉

いかに曖昧に生きてるか思い知っちゃう、、

おもち

ん〜。激しく同意します。

【予想できる?】あなたにとっての生きづらさの正体

生きづらさを感じる正体の多くは、理想と現実にギャップがある場合に生じる違和感ではないかと考えます。だからこそ人によって生きづらさの正体が変わるのだと考えれば説明がつきます。ではここからは各々にとっての生きづらさに焦点を当てて考えてみましょう。

正体となり得るもの

生きづらさの正体

⭐︎個より団体を優先する日本の風潮

日本はルールに従うことに重きを置き、他者と大きく違う意見は排除する傾向にあります。またその国民性ゆえか自分の意見を優先せず、周りの顔色を伺い、意見がぶつからないことを求めていると感じます。本来の自分の意見に目を瞑り、違う意見を無理矢理取り入れるという行為が生きづらさの原因となるでしょう。

⭐︎自己肯定感の低さ

社会では常に他者との比較が行われています。自分に自信がないことが原因で、周りの目を気にして意見を主張できなかったり他者からの評価ばかりを気にして否定や批判ばかりを過剰に取り入れてしまうことがあります。このようなことが続くと余計に”自分はダメなんだ”と負の感情に陥り、悪循環となるのです。これが生きづらさの原因となるでしょう。

⭐︎対人関係

人に嫌われないことを目的として生きるあまり、本心を隠した発言をして見捨てられることがないような行動を選ぶことがあります。また常に他者の視線や言動を気にすることで、緊張不安が襲ってくる事があるため、集団生活を送っていても孤独感に苛まれることが生きづらさの原因となります。

⭐︎過度の完璧主義

少しのミスも許せないいつも全力でないといけない周りからの評価は高くないといけないなど、完璧主義者の多くは自己評価よりも他者からの評価を気にする傾向があります。完璧を求める理由は完璧じゃないとみんなから価値がないと思われると言う思いが強く、そうならないために自分に課す目標が高くなるのです。こうなると常に人の目を気にして、少しのミスでさえ許せないという悪循環に陥りいます。これが生きづらさとなるのです。

ここで考えたものはあくまでほんの一部ではありますが、先ほどの自己分析と合わせて考えてみると、漠然としていた生きづらさが少しは明確になるのではないでしょうか。一気に生きづらさの正体を突き止めることは難しいですが、このように日々自分の内面と向き合い、頭の中の考え感情を書き出すことで悩みを俯瞰し対処しながら、自己肯定感を高めることで生きづらさに対する耐性を強めながら、より明確な生きづらさの正体を掴むことができていくのではないでしょうか。

最後に

僕自身記事を書くうちに思ったことは、結局生きづらさを感じる主な原因は生きていく軸が自分ではなく、他社になっていることではないかと考えました。

例えば、近年ではSNSが普及したことで、知らない人の生活まで身近に感じるようになり、これまでは他者と比較することなく自分が満足できる生活で満ち足りていたのに、自分より贅沢な生活や華やかに見える生活を知ったせいで、そこに自分との比較が生じて急にこれまで満足していた自分の生活が色を失っていくと感じるのです。

みなさんに忘れないでいて欲しいことは、いつだって人生の主人公は自分であり、周りはあくまでその人生を彩ってくれるものであって、決してその人たちが主体となるべきではないということです。生きづらさを感じやすい時代だからこそ根本的な部分を見失わず、自分を大切にしていきましょう。

ABOUT ME
おもち
はじめましておもちです! 1997年うどん県生まれのAB型 国立大学院まで進学した後しがない放射線技師をやっています 趣味はテニス,ドライブ,ガチャポン集め 副業は知識ゼロの挑戦ですので拙い部分が多々あると思いますが、コメントでご意見などいただければ励みになります!